朝野新聞社への入社(画工)時期について

 明治二十一年、芋銭は、立憲改進党の政治家・尾崎行雄の薦めで朝野新聞の客員になったと言われる。当時の同新聞は立憲改進党色を濃厚にしていた。客員となったその年の7月、磐梯山噴火という大事が勃発した時には、特派の一員として現地に赴き惨状を写したとも言われ、これが通説となっている。その元となったのは、『芋銭子文翰全集』上(小川茂吉著/斉藤隆三編 中央公論社 昭和14年)の6頁にある次の記述である。

 明治二十一年(二十一歳)

 七月、藤屋小間物店主妻、改心黨政客尾崎行雄ト親戚ノ故ヲ以テソノ推擧ヲ受ケ、朝野新聞ニ客員トナル、時恰モ福島

 縣磐梯山噴火ノコトアリ、同新聞社ヨリソノ惨狀ヲ寫サシメンガ爲ニ畫家淺井忠、松井昇、田中美代二等ヲ派遣スルニ

 際シ之ニ随伴シテ同地ニ赴キ、山村殲滅ノ惨狀ヲ寫ス、或ハ通信トシテ紙面ニ掲載サレ又ハ別刷石版畫ノ附録トシテ世

 二出ズ。

 後続の芋銭文献は、総てこの説を採用している。これらを証明する資料が得られないから致し方ないことでもある。

 話は少し逸れるが……

 少し前になるが、私は牛久の小川家のご当主からの依頼で、芋銭の旧蔵資料の整理・調査をすることになった。これらの資料は今まで手つかずの状態であったから、一体どのようなものが眠っているのか胸がときめく思いであった。この思いとは裏腹に、整理は想像以上の労力を要することとなり、安易に整理に携わったことを後悔することも何度かあった。そのようなおり、遺品群から探し出したのが次に示す尾崎行雄の書翰であった。下に示した図版では一枚の巻紙に見えるが、探し出した当時は、ちょうど中央部の紙を継いだ部分が剥がれていて、しかも全く別のところに保存されていた。封筒も無いことも相俟って、一通の書翰と確認するまでには相応の時間を要した。

 改めて、書翰を通して読んでみると、そこにはいわゆる通説を覆す内容が記されていた。

小川芋銭宛の尾崎行雄の書簡にて、芋銭が朝野新聞に雇われる時期などが、資料によって確実に実証される。

  小川芋銭宛 尾崎行雄書簡                     牛久小川家蔵

拝啓 過日ハ留守中に御画数葉御遣ハしヒ下 至極難有奉謝候

右ハ何れも面白く存候に付 早速帋上に掲けたく存候が 御差支無之候乎

又 博覧會の出品中 目立たる物品を写して 帋上に掲けたく存候に付てハ

右御願致度候へ共 目下御都合如何に有之候乎 もし御差支なくば         

乍失礼 明日(五日)午後四五時の間に 銀座四丁目朝野新聞社まで 御枉駕被下まじき乎

委曲拝眉の上 御相談仕度候   草々不尽

 四月四日   尾嵜行雄

 小川茂吉様

*図版をクリックすると、大きな画面で見ることができます。 禁:無断転用・無断転載      

 上掲の書翰を要約すれば、「留守中に届けられた(芋銭の)絵画をみたところ大変面白いので、早速紙上に掲載をしたいが如何か。更に、近々開催される博覧会の会場風景も描いてもらいたいので、社屋で直接会って相談をしたい。」ということである。

 書簡の年代は不明記ながらも、(第三回内国勧業)博覧会という記述から、明治二十三年と特定できる。

 この書簡に呼応して、同年四月十四日の朝野新聞紙上に芋銭の絵画(下図左)が初めて登場する。少し遅れて博覧会会場の景を写した絵画も連載される。中でも、芋銭の短文まで掲載された、同年五月二十三日付の同紙五面(下図右)は、芋銭の作(博覧会会場風景を描いた芋銭の絵画三図及び、「共同休憩所の図説明」と題する、芋銭の短文も掲載)で埋め尽くされた感がある。

 

 通説は、果たして信頼に足るものか、改めて考える。

 客員(朝野新聞には、「画工」と記されている)になったと言われる明治二十一年から、芋銭の絵画が初めて登場した同二十三年四月十四日までの同紙を調べたが、芋銭の絵画らしきものを見いだせなかった。磐梯山噴火時の特派説(別項で考察する)を裏付ける記述についても同様であった。

 尾崎行雄の書簡を改めて見ると……

 文面は鄭重極まりなく、一社員(客員)に宛てた書簡とは到底解しがたい。既に一社員に対して「銀座四丁目の朝野新聞社」等と、わざわざ住所まで明記する必要があっただろうか。また、「御枉駕」とか、「委曲拝眉の上御相談仕度候」等といった鄭重な文面は、既に一社員(客員・画工)になっている者に対して書くだろうか。

 以上から、芋銭と朝野新聞との関わりは、この書簡によって始まったと考えてもよいと思う。つまり、芋銭の朝野新聞社の入社時期は、明治23年と改めるべきと考える。

芋銭作「手ぬぐいの被り方」

 朝野新聞 明治23年4月14日付(左)

同紙上で確認できる芋銭の最初の挿絵。S,Oのサインが見える。上段に掲げる尾崎行雄の書簡中に、「留守中に御画数葉御遣はし被下」とあるが、この作品はそのうちの一つ。

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芋銭作「博覧会場内休憩所之図」三図

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